人情味溢れる演技と存在感が人気俳優の小日向文世さん。
小日向文世さんは若い頃イケメンだったようで、どんな経験が彼を名優へと導いたのでしょうか?
あまり知られていませんが実は付き人時代もあったんです。その後はどのように俳優としてのキャリアをどのように築いていったのでしょうか?
そこで今回の記事では
- 小日向文世の若き日の転機
- 中村雅俊のイケメン付き人時代の実態
- 俳優としての歩みと苦労
主にこの3つに迫っていきます。
小日向文世さんの人生は、スキー事故という予期せぬ出来事をきっかけに大きく変わりました。それまではグラフィックデザイナーを目指していた彼が、俳優の道を選び挫折をし付き人をすることで道が開けました。
ぜひ最後まで読んでいってください!
それでは、早速本題に入っていきましょう!
若き日の小日向文世 – 人生を変えた転機
小日向文世さんは1954年に北海道三笠市で生まれました。高校時代は美術部に所属して卒業後は東京写真専門学校に進学しました。
当初の夢はグラフィックデザイナーでしたが、18歳の時に経験したスキー事故が彼の人生を大きく変えることになります。
重傷を負った小日向文世さんは、入院生活を通じて自分の人生を深く見つめ直すことになりました。
この経験が、彼の中に眠っていた演技への興味を呼び覚ましたそうなんです。
自分の進む道はどうも写真じゃない、って気がしてきてね。作品を作るより、自分が作品になりたい。それには役者だな、と思ったわけですね。
引用:婦人公論
22歳になった小日向文世さんは俳優になることを決意します。しかし、その道のりは決して平坦ではなかったようです。
中村雅俊さんの付き人時代 #徹子の部屋 #小日向文世 pic.twitter.com/CUgSQOvBOQ
— 😎アストラル・ホボノーマル銀八さん (@toyodaginpachi) July 22, 2016
最初の挑戦は文学座のオーディションでしたが、見事に落選。しかし、この挫折が小日向文世さんを次の重要なステップへと導くことになりました。
当時の小日向文世さんは事故で自分を見つめ直すことで俳優という職業を志しましたが、もし事故をしていなかったらドラマや映画であの演技は見れなかったんですね。
中村雅俊のイケメン付き人 – 8カ月間の貴重な学び
文学座のオーディションに落ちた後、小日向文世さんはアルバイト先の先輩から中村雅俊のコンサートスタッフ募集の話を聞きます。
これが彼の人生を大きく変える転機となりました!
スタッフとして働き始めた小日向文世さんは、やがて中村雅俊さんの付き人として約8カ月間働くことになります。この期間こそが彼にとって俳優としての基礎を学ぶ貴重な時間となったようです。
実は今から約50年前、中村雅俊の付き人をしており、2人は『ボクらの時代』(フジテレビ系/毎週日曜7時)で共演
引用:クランクイン
当時の小日向文世さんは堺雅人さんを思わせる甘いマスクのイケメンでした!
最近、文豪感溢れる高校時代の堺雅人さんの写真が話題ですが、ではここで若い頃の小日向文世さんの写真をご覧ください。 pic.twitter.com/DvmAReU1vw
— こばぶ〜🐾KOBABOO (@kobaboo2001) May 2, 2014
当時絶大な人気のあった中村雅俊さんの仕事に対するプロの俳優の姿勢、演技に対する真摯な態度、これらすべてが小日向文世さんの血肉となっていきました。
中村雅俊さんという大物俳優の傍らで過ごした日々は、俳優としての基盤を築く上で欠かせない経験となったそうです。
付き人としての生活は今ではなかなか考えられませんが、小日向文世さんの本気さが俳優という仕事に対する熱意が蓄積されて行ったんだろうと思います。
俳優としての歩み – 苦労と成功の軌跡
中村雅俊さんの付き人を経験した後、小日向は1977年に串田和美さんが主宰する「オンシアター自由劇場」に入団します。
ここから本格的な俳優としてのキャリアがスタートしました。
しかし、直ぐに大役が来るわけではなく道のりは決して楽ではありませんでした。入団当初は当然のように端役が多く、借金生活を余儀なくされることもあったようです。
それでも、小日向文世さんは諦めることなく演技に打ち込み続けました。
転機となったのは、映画『愛を乞うひと』での大役です。
この作品で彼の演技力が認められ、徐々に注目を集めるようになりました。
そして、2001年から放送されたフジテレビのドラマ『HERO』でメインキャストとして起用されたことで、小日向文世そんの名は全国的に知られるようになりました。
19年間在籍した「オンシアター自由劇場」での経験、そしてテレビドラマや映画での活躍を通じて、小日向文世さんは今や日本を代表する俳優の一人へと成長していきました。
今でこそTV番組やドラマ、映画で活躍をしていますが、以外にも遅咲きの俳優でした。苦労を重ねたからこ演技に対する感情の表現や深さが滲み出ているんだろうなと思いました。
まとめ
小日向文世さんの若き日々は、挫折と決断、そして学びの連続でした!
スキー事故をきっかけに俳優の道を選び、中村雅俊さんの付き人として貴重な経験を積んだ彼は、「オンシアター自由劇場」で本格的に俳優としてのキャリアをスタートさせました。
苦労の末に掴んだチャンスを活かし、今や日本を代表する名優となった小日向文世さん。
夢を諦めずに努力し続けることの大切さを教えてくれているように思いました。
これからも数々のドラマや映画で活躍をする小日向文世さんに注目です!
どうもありがとうございました。
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